里子の成長記: 2006年2月アーカイブ

私の里子のBOYが先日2日程出家しました。
おじい様が亡くなったためです。
タイでは男の子が出家すると無くなった人の魂が救われると
信じられているからとの事。
又、男の子が出家をすると母親が救われるとも・・・。

彼は生活費を助けるため、今日も学校から帰るとお菓子売りのバイトをしています。帰ると夜9時位になるそう・・・。
お菓子が1つ売れても15バーツ位。はたして彼に幾ら入るのか・・・。
そんな中で、水泳教室終了後もやはり通い続たい!と
今回は自分で年間費200バーツ(日本円で¥600位)を支払ったとの事。
私も負けずに頑張らなくては!

「ボーイ」=私の里子の男の子のあだ名。

この度「ボーイ」が2006年度の内閣総理大臣賞を受賞し、1月13日に首相官邸での表彰されました!!!

タイの「こどもの日」は1月の第2土曜日。

この「こどもの日」に因んで、日頃「劣悪な地域に住んでいても勉学に勤しみ、危ない道に外れることなく頑張っている」子供に送らる賞を彼が受賞したのです。

タイ全国76県から392人選ばれた中の一人でした。

「ボーイ」は二人目の里子で、現在中学2年生(彼が小学5年生の時に里親になりました)。

最初の里子は里親としての援助の途中に家庭の事情でお寺に出家してしまう事となり、財団からの「お知らせの手紙がどう言うわけか私の手元には届いていまかった為、何も知らないままタイへ出発し財団へ里子と面会するために向かったのです。

何も知らず最後の別れもできないまま里親としての役割が突然なくなってしまいました。

そんな事があったので、2人目のボーイは「絶対最後(大学卒業まで)まで続きますように...」と思いがより強くなった為、この度の受賞は「とにかく嬉しくてみんなに自慢したい!」と言う里親バカ気分なんです。

私の里子のBOY(里子のあだ名)に会うと必ず聞く事の1つに、「今、1番何が必要?」と言う事がある。私の出来る範囲内での事であれば、1つずつだけど何とかしてあげたいと思う。しかし、範囲内といっても何でもOKとはいかず、なかなか難しいのです。BOYもあまり自分から「**が欲しい!」とは言わなかったし、言っても今まではサッカーが好きだからサッカーボールが欲しい!位で問題なかった。BOIが中学生になった時、「学校まで通う交通費がかかるので、自転車で通学したいので自転車が欲しい!」とリクエストがあった。最初は「自転車通学健康にも良いし、渋滞が半端でないバンコク、自転車OKOK!」と思って入学祝は自転車にしようと思った。しかし、この希望は聞けなかった。BOYの希望を初めて「ダメ!」と言ったのがこの件が初めてだった。この「自転車」が改めて里親と言う立場を考える事となった。タイの交通事情は最悪で事故が多く車道を走るなんて恐ろしく子供だから絶対自転車に乗りなれると周りを見ないで飛ばして走る危険も考えられる。歩道も日本のように整備せれておらずマウンテンバイクでもちょっとね・・・と思う。生活費を稼ぐために学校から帰って、お菓子売りのバイトをしているBOYも知っているので交通費の負担は大きいと解っていた。しかし、自転車を買ってあげる事は無責任な事になってしまうのでは...と思った。万が一事故にでも遭ったら、私がすぐに駆ける事が出来ない。BOYの看病をする事も出来ない。
最悪、もし事故で亡くなったりでもしたら、あの自転車さえなければとと絶対私も一生後悔する。それよりも1番BOYの家族に悲しい思いをさせてしまう。様々な思いが頭をグルグルして悩んだ。自転車はこの思いを伝えあきらめてもらった。

里親=基本は学費の援助、他は個々の自由。
里親になって学費を援助している事は一見聞こえは良いが、違う目で見れば、自己満足の世界、無責任と言われても仕方ない。「今、1番何が必要?」と言う事って罪かもしれない。普段側にいてBOYの事を見てあげれないのなら、学費のみが1番よいのかもしれない。などなど...、改めて「里親」と言う立場を考えた。

ただ単に必要、欲しい物と言うより、BOYの人生にプラスになる事、物を良く考えに援助しよう!と改めて考え、いろいろ思う事はあるけれど、自転車の代わりは、「水泳を習いたい!」と言う希望があったので水泳教室に通う援助をする事にした。水泳なら健康に良いし、泳げないより泳げた方が絶対良い!水泳教室に通うとなると、水着、ゴーグル、キャップを用意。里親心も出てしまい、ついつい他もちょこちょこ用意してしまった。(これまた自己満足の世界かもしれないけど...)
スポーツが大好きなBOY。楽しく頑張って全てのコースを終了し、終了試験も合格して卒業証書をもらった。卒業証書をを手にした日は「嬉しくてプラティープ財団のスタッフの所に証書を持って報告に来た!」とメールがあったので私もとても嬉しかった!水泳が終了し、夏に会った時は、「PCが欲しい!」と言う希望があった。現在中学2年の彼、授業でPCを使う事が多くなり、PCがなくては出来ない宿題も出るとの事。もちろんスラムに住む彼の家にPCは無い。ではでは、勉強に支障があるならPCか...と思い、プラティープ財団のスタッフの方とも相談してみた所、
中古もけっこう手軽な値段ででてるから探しておいてくれるとの事でお願いして日本に帰った。先日財団のスタッフの方から連絡があった。「PCはあっても自宅の電気の工事からしないとPCが設置できない」との事。電化製品がなんでも使える環境が当たり前のようになってしまっていた私は自分のアホさ加減と、今の私はそこまで援助する事が出来ない事ですご~く落ち込んだ。今、BOYはPCを使う勉強、宿題をするために1時間**バーツと言うような所に行っている。そして、最近は学校が終わるとBOYの叔母の作るパンを売って生活費他を稼いでいる。

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